は じ め に
この「駿河龍爪山由来」という一書は、昔からずつと駿府を中心として、
巷 間に伝承されて来た古写本である。人々に
よって書きつがれ、写しつがれて、江戸時代の中期以降は、ある程度世に流布したものであろう。しかし現在では、それらの写本もほとんど消滅してしまい、急速に幻の書になりつつある。
この書の内容は、「
龍 爪 山 由 来の事」、「浅 畑の池縁起の事」、「行 翁 居 士 履の事」、「道 伯(白)和尚牛飼ひの事」という、四話からなっている。この書がいつ頃誰によって作られ、或いは書かれたかは分かっていないが、恐らく江戸時
代の半ば過ぎ、
宝 永を少し下った頃に、一人の僧によって、なされたものであろうと想像される。読んで行くと、そのよう
な年代に作成されたと思われる箇所が何箇所かあり、また作者が、
曹 洞 宗の僧にほぼ間違いないということもわかる。
しかしその人は誰れかということまではわからない。恐らく筆の立つ人で、昔の御和賛や、御詠歌等は、このような人が作っ
たのであろうか。
勿 論、この書に収められている物語は、もっとずっと古くからあり、このような形で、その時代に纏められたということである。
この小冊子の
底 本は、筆者の手元に、虫食いのはげしい古写本があり、ほとんど解読に耐えないものであったが、その一
册を底本として、読めない箇所は西奈村誌等を参考にしながら、解読していった。おもしろいことに、大正3年に発行された
同村誌は、逆にこの
写 本を、
底 本にしているのではないかと思われるふしもある。
そして幸いなことに、「駿河龍爪山由来」が、完全な姿で残っていた。東京の国立公文書館内にある内閣文庫に、古写本が
一册収められていたのである。これはかの「駿 国 雑 誌」の著者
阿部正信も、おそらく披見したであろうと思われる一書でもある。それを県立中央図書館にて、便宜を図ってもらい、同文庫から、マイクロ写真による写本を送ってもらった。そして
校 訂するにあたって、まったく虫食いで失われていた箇所等は、それによって補訂することが出来た。同書の奥書には、
「文化13年丙子年(1816)駿河の国安倍郡府中、御城御加番四ッ足御小屋に於て之を写す。
源 綱 泰 花押」と記されて
いる。因みに
阿部正信は、次の年文化14年に、同じ四ッ足加番(二加番)として、江戸から駿府の守りに着任
した。
独立行政法人国立公文書館所蔵 駿河龍爪山由来 の 表紙と奥書
最後に、世に行われている「龍爪山降経伝説」、「道白伝説」、「
行 翁伝説」、或いは「浅 畑沼物語り」等の底本は、すべてこの書であることを付記したい。
(昭和62・6・18)